| 1974年 |
兄の影響で、独学でギターを始める。(中1) |
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| 1975年 |
中学校内で、30分程度の自主リサイタルを行う。(中2) |
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| 1977年 |
新堀ギター大阪本院にて吉川義人氏・坂本巧氏・松本俊雄・大森瑞巨氏らから本格指導を受け始める。(高1) |
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| 1979年 |
第10回全日本ギターコンクール独奏部門において、当時最年少優勝を果たす(高3)
また優勝記念として、在籍高校主催で自らの解説付きリサイタルや、招待ホームコンサートなどを行う。 |
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| 1980年 |
日本ギター音楽学校(現・国際新堀芸術学院の前身)に入学。(18歳) |
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| 1981年 |
新堀グループ音楽総監督の新堀寛己氏に認められ、ギターアンサンブルの最高峰と呼ばれる“東京新堀ギターアンサンブル”の2代目コンサートマスターに就任。その後シンガポール・台湾等の海外公演をはじめ、国内外で年間数百回という本格的演奏活動を開始。 |
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| 1984年 |
左指を故障し、その後約8年間リハビリの為に第一線を引退(23歳)
指の復調と共に少しずつソロ活動を始める。またその間邦楽の演奏にも携わる。 |
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| 1992年 |
学校法人“日本ギター専門学校”の助教授として迎えられ、専門家を目指す後進の指導に力を入れる。同時に新堀ギターアンサンブル団員として復帰し演奏活動を再開すると共に、ギターオーケストラ指揮者としての演奏活動も開始。 |
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| 1994年 |
リットーミュージック社の教則ビデオ「禁じられた遊びパーフェクトマスター」の講師に採用され、全国発売される。 |
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| 1995年 |
新堀ギターアンサンブル・ハワイ公演で、ジュリアーニ作曲のギター協奏曲(op30)を、寺田和之氏との二重協奏曲に改編して演奏発表。大反響を得る。 |
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| 1996年 |
新堀ギターオーケストラ・オーストラリア公演にて、コンチェルトを演奏する。(シドニー・メルボルン) |
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| 1998年 |
学校法人日本ギター専門学校主任教授に就任。 |
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| 2001年 |
ポーランドのギターフェスティバルに招聘され、コンチェルト等を演奏。現地新聞等でもインタービューを受ける。またこれをきっかけに、海外での演奏マネージメントも開始。 |
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| 2002年 |
台湾・洪再添児童吉他交響楽団の客員教授に就任し、以降毎年末の演奏会で、同団の指揮・育成にも力を入れる。 |
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| 2005年 |
米国・オハイオ州にて行われた、世界的ギターフェスティバル(GFA主催)に招聘される。(新堀ギターアンサンブル) |
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| 2006年 |
シンガポール国際ギターフェスティバルに招聘される。(新堀ギターアンサンブル) |
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| 2007年 |
日本ギター専門学校を退職。 |
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| 2008年 |
3月1日に新宿ギター音楽院を開校。その他現在は、学校法人国際新堀芸術学院客員教授、台湾・洪再添吉他交響楽団客員指揮者等を努める。 |